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コラム
 
医療経営人材の確保と育成
横浜市立大学国際商学部
准教授 原 広司 氏

 医療経営を取り巻く環境が大きく変化する昨今において、医療経営人材の確保と育成は大きな課題となっている。医療経営人材の明確な定義はないため、ここでは、「経営戦略の構築やマネジメント等の経営の中核に携わる人材」として話を進める。

 医療経営人材の確保(採用)から考えてみよう。医療経営人材では、医療職からの転身もありうるが、採用の段階から医療職が医療経営人材として応募してくることはほぼない。したがって、非医療職が中心となる。これまでの主流は、同業種からの経験者採用(中途採用)、あるいはホテルや銀行などのサービス業を中心した異業種からの経験者採用だった。経営学的にみれば、異業種からの転職者は組織にイノベーションをもたらす可能性を秘めた重要な存在である。一方で、医療は医療制度に依存し、介護や福祉、あるいはまちづくりといった多様な関係者の中でルールが構築されているため、こうしたコンテキストを理解した生え抜きの医療経営人材を求める声もある。さらに、経験者採用に頼りすぎると、人材育成の方法が内部に蓄積されないことも問題視されている。

 では、新卒で非医療系の医療経営人材を確保できるかというと、現状ではかなり難しい。次の3つの課題が挙げられる。第一に、非医療系の学生にとって、医療の敷居は極めて高いという点である。学生たちは、医療に詳しくない自分が挑戦できる場所ではないと思い込んでしまっている。第二に、医療との接点が極めて少ないという点である。多くの学生は医療機関の職員と関わる機会がほぼないために、どんな仕事をしているのかも知らない。就職活動が始まったら、よく知った民間企業に意識が集中し、医療法人になかなか目がいかなくなる。第三に、処遇とキャリアパスの問題がある。医療経営人材を担う優秀な学生は、就職先の候補として、適正な処遇を得られるかどうか、自分の成長を実感し、適切な評価されるのかどうかをよく見極めている。残念ながら、これまでの医療機関では医療経営人材を十分に評価してこなかった嫌いがある。しかしながら、最近は少しずつ医療経営人材に対する評価は変わり、処遇や評価方法が見直されつつあると感じている。

 横浜市立大学では2022年度から「医療経営合同インターンシップ」を開始した。これは、日本各地の有力な医療法人が対面またはオンライン形式で1日完結型インターンシッププログラムを開催し、学生は好きなプログラムを選んで参加することができる。6法人がプログラムを提供し、27名の学生が参加した。本インターンシップは、上記の課題を克服するための第一歩と考えている。上記の課題を解決するためには、学生が医療機関と関わりを持たなければならない。同時に、医療機関側も、受け入れに向けて人事制度や仕事内容の見直し、広報戦略などの努力を続ける必要がある。

 次に、医療経営人材の育成について考えてみよう。育成方法はOff-JTとOJTに分けられる。Off-JTにおいて、多くの病院では医療従事者向けの研修を行っていても、医療経営人材向けの研修は少ない、あるいは規模やスキルの問題からできないことが多い。近年では、医療経営人材育成プログラムや資格制度が充実している。院内で研修ができない場合は、こうした仕組みを活用できるように、補助制度や時短・休職などの多様な働き方を認めることが大切になる。

 一方で、OJTは外部に任せられないため、組織内で行わなければならない。基本的な業務遂行能力の指導に加えて、企業特殊技能(会社固有の技能のことで、社内用語や書類作成、仕事の進め方など)の指導を担う。しかしながら、OJTを体系的に整備している医療機関は少ないかもしれない。適切な指導者と成長できる環境を提供できるかどうかがカギとなる。適切な指導者という点では、まずは指導可能なスキルを身につけていることが求められる。たとえば、コーチングなどの技術の習得が挙げられる。また、マッチングも重要である。相性が良くないなら指導者を変えていく大胆さを持ちたいところである。
 通常、医療機関は失敗してはいけない組織である。しかしながら、経営とは「不確実性」との戦いであり、当然失敗も起こりうる。医療組織の中でも、医療経営では挑戦と失敗を受け入れる環境を構築することが大切である。医療経営の経営者は、医療と医療経営のマインドを切り替えることが求められるかもしれない。

 日本の人口構造は今後さらに変化し、労働人口は減少し、医療経営人材の獲得競争は激化することが予想される。さらに、人材確保は国内だけの問題だけではなく、国外への流出、すなわち国際競争に晒されている。地域医療構想や働き方改革、DXなど、複雑な経営課題が山積する中で、医療経営人材の確保と育成に向けた取組が急がれる。

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