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コラム
 
 クリニック設計をふりかえって   
   アーキラプト
三好 誠人 氏

 この度、私が設計を御依頼いただいたのは、スタッフ数十名をかかえ高度な不妊治療を主たる業務とするクリニックの、事業拡大に向けての施設拡張工事であった。御縁があってのことだと嬉しさ半分、実は私にはクリニックの経験はなく不安も半分、アルファベットのイニシャルの並ぶ室名の意味するところすらさっぱりという有り様であった。

 さて、設計を進めてみると、コンサルタントの緻密な事業計画に則りリズム良く進んでいくことの楽しさが徐々に不安に勝っていった。プロジェクトが立ち行かなくなる場合の多くは、軸となる指針なり目標がぶれることによる。しかし、今回は設計の骨子が最後まで全くぶれなかったのである。その軸とは、当初より院長の構想であったナース詰所を中心に据えた放射状の診察室群のレイアウトである。そして、それは単に動線の効率から導かれたものではない奥の深いものだと気づくのに、そう時間はかからなかった。

 院長の構想とは、いわば「顧客」の立場に立った開かれた高度医療である。地域医療の確立という目標に向け、敷居を低く抑えつつ、練達のスタッフの連携のもとに、顧客にストレスをかけることなく高度な診療を試みるという信念である。この信念が最も如実に形となって現れたのが、ナース詰所の在り方である。

 クリニックにおける詰所の設計は、厨房の設計と実に似た部分があるように思う。今日、厨房は料理している様子を顧客にも見てもらおうというオープンキッチンの台頭が著しい。長年磨いた腕を誠実に振るっている様子を、むしろ店の演出として活用しようという発想である。クリニックとて同じではなかろうか。即ち、看護師の冷静で無駄のない処置はシェフの包丁さばきに、そして顧客を温かく迎える彼女等の笑顔は、まさにコンシェルジュのそれと同じである。もちろん、オープン化するには課題はある。共に衛生上の問題をクリアしなければならないし、顧客のプライバシーの確保や個人情報保護の問題は、厨房における防火上の区画の問題に通じる感がある。しかしこれからの社会で、無理のない情報公開とは、安心もしくは安全という観点からはサービスにおける必須の条件だと考えている。

 今回、何よりも大事にしたのは、顧客の「安心」である。いや、むしろ「心安らぐ」と書いた方がしっくりくる。つまり、いかにストレスなく利用して頂けるかということである。ホテルのようなリラクゼーションを目指す医療施設は多いと聞いている。確かにエントランスの見せ方、カウンターの構え方、折り上げ天井や間接照明やら、諸先輩のお手本を紐解けば、表面上のインテリアのデザイン手法はいくらでもある。しかし、安心は情報公開とともにあって初めて顧客に届くのであって、顧客重視の立場に立脚せずしては、個々に美しい意匠もサービス側の自己満足に過ぎないのではないだろうか。

 詰所の前には、緩やかに隔てられたささやかなリラクゼーションゾーンを設けている。これから長きに渡り、顧客の不安、時に喜び、あるいは悲しみをそっと包み込み、吸い取りながら時を経ていくことになる。そしてやがては表面上の改修が必要となろう。しかしコンセプトのしっかり具現化された空間は、その構成が崩れない限り、たとえ少々お化粧が時代遅れになったとしても、容易く蘇るものと思っている。

 今回のプロジェクトの成功、即ち開業以来順調な業績アップを維持しているのは、当初からクライアント、コンサルタント、設計者の3者の間に、このような設計思想を共有出来たことによるところが大きいと、私は確信している。
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