コラムColumn
医療法人社団慈恵会 北須磨訪問看護・リハビリセンター
所長/慢性疾患看護専門看護師 藤田 愛
2026年3月、フランスのパリとニースで、在宅入院(Hospitalisation à Domicile:HAD)の視察を行いました。HADは、通常であれば病院で行う医療を、患者さんの自宅で提供する仕組みです。現地では、「在宅医療」ではなく「在宅入院」であると説明を受けました。今回の目的は、このフランスで発展している在宅入院の仕組みを学ぶことでした。
在宅入院とは、その名の通り「自宅で受ける入院医療」です。日本の訪問診療や訪問看護は、生活の場である自宅に医療者が訪問する仕組みですが、フランスのHADは少し考え方が異なります。患者は自宅で暮らしているものの、制度上は入院患者として扱われます。抗がん剤治療、輸血、感染症治療、複雑な創傷処置、術後管理、周産期医療、緩和ケアなど、本来であれば病院で行うような医療が家庭で提供されていました。
実際に同行訪問させていただいた患者さんも、高度な医療管理を必要としていました。しかし、私が最も驚いたのは、医療の内容以上に、その医療を支える仕組みでした。
HADでは、在宅入院が始まる前に調整看護師が患者宅を訪問し、病状だけでなく、家族の支援体制や住環境も確認します。つまり、在宅で入院医療が安全に成り立つかどうかを、入り口の段階で丁寧に評価していました。
医師は診断や治療方針など医学的意思決定を担い、看護管理者が医療運営や調整を担い、訪問看護師が現場で医療を実践します。同行訪問では、医師が患者宅を訪問する場面はほとんどありませんでした。看護師が患者さんの状態を評価し、モバイル端末で医師へ報告しながら医療が進められていました。
看護師が医療の中心的な担い手として機能していることが印象的でした。ただし、それは個々の看護師の能力だけに頼っているという意味ではありません。フランスでは国レベルの基準やプロトコルが整備され、それぞれのHAD組織でも手順や役割が明確に定められています。そのため、看護師が一定の裁量を持ちながらも、個人の経験や力量だけに依存しない形で医療が提供されていました。
もう一つ大きな違いを感じたのは、夜間対応の考え方です。日本では、患者さんの状態が悪くなれば、訪問看護師が夜間や休日に駆けつけることも珍しくありません。ところがフランスのHADでは、夜間訪問はほとんど行われていませんでした。
日中の訪問の中で状態を観察し、今後起こりうる変化を予測する。患者さんやご家族へ説明し、必要な準備を整える。夜間は電話相談を基本とし、必要であれば救急搬送する。「夜間に対応する医療」ではなく、「夜間に困らないよう備える医療」という印象を受けました。
今回の視察を通して、フランスのHADは医療体制を中心に設計された在宅入院だと感じました。安全に在宅入院が成立するかどうかを評価し、体制が整う患者さんを受け入れる仕組みです。
一方、日本の在宅医療は、患者さんの生活と命を支える医療として発展してきました。医療体制が十分でない状況でも、医師、看護師、介護職、ケアマネジャーなどが工夫を重ねながら、患者さんを「救い上げる」ように支えています。
日本の在宅医療は、とても柔軟で、強くて、やさしい。その一方で、医療者の献身や責任感に支えられている部分も大きいと感じます。私自身も、これまで当たり前のように行ってきた実践を、改めて見つめ直す機会になりました。
フランスの仕組みをそのまま日本に取り入れることはできません。しかし違いを知ることで、自分たちの実践の価値と課題が見えてきます。在宅医療は、単に医療を家庭に届ける仕組みではなく、医療と生活の関係をどのように設計するのかという問いでもあります。
今回の視察を通して、看護の役割についても改めて考えました。患者さんの生活を支え、必要な医療や支援につなぐことは、これまでも私たちが行ってきたことです。しかし、それを個々の医療者の経験や責任感だけに委ねるのではなく、チームや制度の中で支えられる形にしていくことの重要性を強く感じました。
この経験を、これからの実践や教育の中で活かしていきたいと思います。
