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コラム
 
 医療組織を研究する−イキイキ組織の実現のために 

(ご紹介)
「医療崩壊」が深刻な問題となっていますが、組織運営の観点から改善・改革の糸口を掴もうという議論は多くありません。以下は大阪市立大学大学院川村尚也準教授による貴重な論考です。異論もあるかもしれませんが、ご一読ください。

 日本の組織研究では、病院や診療所など医療組織に関する本格的な実証研究は、いまだその数が極めて限られている。医療組織に関心をもつ研究者は少なからずいるものの、組織研究に関心をもつ医療専門職・医療機関が多くないためと考えられる。一方欧米では、医療組織研究は、組織研究の中核領域の一つである。1950年代以降、医療専門職・医療機関からの要請に応えて、社会学や心理学、経営学など社会科学分野の多くの組織研究者が医療組織研究に取り組み、その成果が医療組織の運営や人材育成に活用されている。これは1980年代以降に市場競争が本格的に導入された米国医療界のみならず、今日でも基本的には日本と同様に、政府によって保護・統制され競争が制限されている欧州医療界でも同様である。

 これまで日本の組織研究者は、欧米先進企業に一刻も早く追いつき追い越したいという日本の製造業からの強い要請に応えて、製造業組織の研究に精力的に取り組み、その成果は製造業の組織運営と人材育成に活用されてきた。近年では、日本の製造業組織の組織能力は国際的に高く評価されており、これを研究する先進国の研究者も多い。日本の医学や医療技術は欧米のそれと同水準か、分野によってはより優れていると聞くが、患者に信頼できる医療サービスを提供する日本の医療組織の能力は、先進国と比べてどの程度の水準にあるのだろうか?先進国で日本の医療組織を研究する研究者は、どのくらいいるのだろうか。

 現在の組織理論では、企業組織と医療組織の違いの本質は、営利目的か非営利かという点にあるのではない。それでは、米国の株式会社形式のほとんどの病院が、医療組織ではないことになってしまう。日本企業は、特に戦後には「人本主義経営」とも呼ばれる、企業別労働組合と経営者・株主との世界でも稀な友好・協力関係と、年功と能力による管理職・経営者への昇進の仕組みを作り上げ、同質の「社員」の運命共同体としての組織を作り上げてきた。これに対して現在の日本の医療組織は、20世紀前半の欧米の医療組織と同様の、医療専門職の個人単位の自律的職務遂行を至上目標とする、多様な医療専門職と職員の緩やかな連合自治組織といえるだろう。

 古典的専門職組織の特徴とされる、独立専門職による自律的職務遂行は、ともすると独善に陥る危険性をもつ。欧米の医療組織は、程度の差はあれ、20世紀後半の社会変化と技術進歩、医療組織の規模拡大と複雑化の中で、より合理的・科学的な組織運営を求められた。これに応えるために、前述のように社会科学分野の多様な組織研究者による多くの医療組織研究が行われ、ビジネススクールなどで最新の経営・組織理論を学び、組織運営に関する高度な専門知識・能力をもつ組織管理者も生まれてきた。現在の日本の医療組織も、欧米と同様の条件変化のもとで、組織運営の革新(イノベーション)を求められている。しかし、日本の多くの医療専門職は、いまだ専門的な組織研究に余り関心を持たず、自らの限られた知識だけで組織を運営しようとして、山積する問題の解決に苦悩しているように見える。欧米のような高度な専門知識・能力をもつ組織管理者は、日本ではどのくらい育っているのだろうか。

 医療専門職は、組織運営の専門家ではない。現在の組織研究では、最新の情報通信技術を活用し、高度に不安定・不確実で変化の激しい環境でも、抜群の信頼性と継続的な業務革新(イノベーション)を実現できる、「学習・知識創造型組織」の研究がグローバル・スタンダードとなっており、すでにその成果は国内外の企業のみならず、欧米の医療組織でも広く活用されている。日本の医療専門職・医療機関が、こうした最新の研究成果に関心を持たずに組織運営を続けていると、人材不足、医療事故、医療の質と患者満足度の低下などの医療組織の機能不全が、さらに悪化することも懸念される。これまでのような政府による保護と統制に対して、国民の理解を得ることも難しくなるかもしれない。今後日本の医療組織をより合理的・科学的に運営し、その組織能力を先進国水準に高めていくためには、欧米の先例を参考に、医療専門職・医療機関と組織研究者が協力して本格的な医療組織研究に取り組みつつ、高度な専門知識・能力をもつ医療組織管理者を育成していくことが不可欠であろう。

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